萬徳院釈迦寺の僧侶のブログ

by mantokuin

お正月の風物詩

年が明けると地元の氏神様には必ずお参りをしますが、それ以外に2~3年前から楽しみにしている参拝があります。
1~7日か成人の日まで、場所によっては1月いっぱい特別に開催している各地の七福神巡りをすることです。
一部、お正月の後も毎月の決まった縁日に開催している所や、一番人気のある浅草七福神はお正月・縁日に関係なく年間通して常に実施しています。
今まで何ヶ所のコースを巡ったか数えてみたら今年を含めて千葉・東京・神奈川・長野で15ヶ所巡っていました。
(過去のブログにほぼアップしてあります)

この期間中のみ頒布している七福神が一つに纏まっている色紙を持って各寺社を巡ります。
巡る寺社の数は七つが基本ですが、私の経験だと六~九か所のところもあります。
この時期でなければいけないという決まりは無いのですが、特別に仏像・神像を開帳していたり、
普段は入れないお堂内に入れる事が多いです。

お寺の御祈願の時によく使う、「仁王経」にある七難即滅 七福即生(しちなんそくめつ しっぷくそくしょう・七つの災難が消滅し、七つの福がもたらされる)という言葉が七福神巡り・信仰の根拠になっており、釈迦寺にも三寺院全てに七福神の一尊である弁才(財)天様がお祀りされています。

七福神巡りのメインの開催期間はもうすぐ終わりですが、1月中にどこかもう2~3ヶ所位巡りたいと思っています。

今年巡った江東区亀戸・品川の旧東海道・横浜の磯子七福神の三ヶ所の色紙になります。
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# by mantokuin | 2026-01-10 10:51 | Comments(0)

お寺で一番の人気者

お寺で一番の人気者

本堂に入ってすぐ左側にご安置しています。

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ご覧の通り、白い大理石でできたお釈迦さまです。右手は施無畏、左手は与願の印相を示していらっしゃいます。

大理石ですから、手で触れていただくことができます。本堂でご法事のあるときは必ず、で触れていただくことをお勧めしています。

おじいちゃん、おばあちゃんの一番人気です。それをみて、お孫さまもそれを真似てくださいます。お父さま、お母さま、ご兄弟のお方も皆、笑顔になります。

本堂に入ってすぐって、なんだか賓頭盧尊者のようです。

ではなぜ、賓頭盧尊者は、撫でほとけとなられたのか、後日考えてみます。

お写真を撫でていただいても功徳があります。拡大すればより効果があります。


# by mantokuin | 2025-10-20 08:10 | Comments(0)

お塔婆を書いていて、「星」という漢字とあらためて出会いました。お戒名にではなく、お施主さまの苗字にありました。「日」の下に「生」がある。なんだかロマンチックで、元気が出そうです。

まず、白川静(1910-2006)『字通』平凡社1996を引いてみます。「セイ」p.902頁です。そこには、形声として

 

形声 音符は生(せい)。正字は晶に従い、曐に作り、晶は星光の象。〔説文〕七上に「萬物の精、上りて列星と爲る」という。參(参。しん)は簪(かんざし。冠をとめるために髪に挿すかんざし)の形で、その初形はの形を含み、玉光を示す字で簪の玉光を示す形であった。

とあります。次の古訓は割愛して、音系と語系には

音系 〔説文〕に星声として腥・猩、〔説文新附〕十四下に醒を収めるが、惺は未収。星声はむしろ靑(青)声の字と声義の関係があるようである。

語系 星と晶は声義近く、〔説文〕七上に「晶は精光なり」とする。「星」の初文(= 当初の形で、偏や旁が加わる前の形。コトバンク)は晶に従う字であった。參ももと簪(= 冠をとめるために髪に挿すかんざし)の玉光を示す字である。睛(晴)・精(精)も声義に関係のある字で、星は「萬物の精」、夝(せい。星が光る、夜晴れる意)七上は「雨ふりて夜除れ、星見(あら)はるるなり」とあり、睛の初文である。

とあります。これもむつかしいです。次に、小川環樹(1910-1993)他『新字源』角川書店1975を引いてみました。なりたち を引用します

星(曐) なりたち もと、晶(ほしの形にかたどる。日は省略形)と音符生(せい。すむ意→清)とから成り、空に澄みかがやく「ほし」の意を表わす。形声字の音符になると、あきらかにする(惺・醒)など、なまぐさい(腥)などの意味を示す。

白川静『字通』の理解とは必ずしも一致していないようです。

分かったのは、「星」の「生」は読み方「せい」を示し、「日」はもともとは「晶」(ほしの形にかたどる)で、星光、空に澄みかがやく「ほし」(天体)を意味するということです。ただし、「晶は精光なり」、「萬物の精、上りて列星と爲る」の「」の意味(おそらくは、精光で、かがやくの意)それが「清」(きよい)とどのように関係するか、そして「萬物の精」とは何を意味するのかということは疑問として残りました。ただ、「萬物の精、上りて列星と爲る」とは、とてもロマンチックな表現で、元気が出そうです。私もこの大地の上ですみ輝き生きて、後には天空の光、星となりたいと願います。

そろそろ、星供の準備が始まめます。


# by mantokuin | 2025-10-11 08:06 | Comments(0)

月にまつわるお話

毎年この時期になるとファストフード店や牛丼チェーン店で玉子を使った月見商戦が盛んになります。
今年は10月6日が中秋の名月の日で、各地の名所で観月会が開催されます。
仏教に於いては、昭和世代のヒーロー月光仮面のモデルとなった月光菩薩様がいらっしゃいます。

又、中秋の名月の日は毎年ほぼ(必ず?)旧暦ではお盆である8月15日にあたります。
旧暦ではそれ以外の月でも1日が新月・15日が満月(十五夜お月様)となっている事がほとんどです。
現在でも多くの神社で1日と15日に月次祭(つきなみさい)が行われるのはその名残なのではと思っているのですが、
新暦の日付けなので新月・満月とはズレてしまっています。

沖縄では現在でも台所・かまどの「火の神」(「ヒヌカン」と読むそうです)に旧暦の1日と15日にお祈りをする風習が残っているそうです。
新月・満月の日に神仏の特別なお力が働くことがあるのかはっきりとは分かりませんが、遥かな昔より太陽の動きや月の満ち欠けに合わせて世界中の多くの地域・文明で神や亡き人への祈りを捧げてきました。

科学的な説明だと新月・満月の時は太陽・月・地球が一直線に並び、地球が受ける潮汐力(ちょうせきりょく・月が地球に及ぼす引力)が普段より大きくなるという原理です。
「重力」と混同しやすいですが、地球の重力が大きくなるという事ではありません。
なのでこの日は海の潮の満ち引きが一番大きくなる大潮が発生します。

天体の力が大きく作用する日には目に見えない神仏や、
故人様の世界にも想いがより強く届くという事があるのかもしれません。


# by mantokuin | 2025-09-15 09:16 | Comments(0)

本日から、僧侶研修のお二人に、袈裟(如法衣)の着用が許されました。ここで、僧侶としての行住坐臥の威儀、礼儀作法について、私も、お手本になるよう、あらためて学ぶ必要がありようです。

基本の姿勢 姿勢を正しくするには「胴造(どうづくり)」といって背脊腰部(せなこし)を曲げず五体の中心を正しくすることを基本とする。上体は常に背筋を伸ばし、前後左右の揺らさず(、傾けず)、顎は引いて正面を向く。

起立の姿勢 両足の踵(かかと。踵、きびす)をつけ、足先きは約1213㎝ぐらい開き、重心は均等に両足にかける。視線は正面(前方、約三十尺~十メートルのところ)を注視する。

正座の姿勢 畳縁より約15㎝内側にへだて、両膝、その間は1015㎝ほど開けて、上身をまっすぐに正面して坐する。

合掌の姿勢 基本の合掌は虚心合掌(、または金剛合掌)である。胸前でやや斜めに、指頭は咽喉の中央と水平に。頭を垂れるときは指先も垂れ、頭の直なるにしたがって、指先も元に復する。両肘は張らずに、自然に垂れる。

礼拝・挨拶の姿勢動作

揖礼(ゆうれい) 起立、正座にかかわらず、合掌し、いささか低頭して会釈する、最も略式の礼法である。揖には、会釈するという意味がある。へりくだるという意味もある、とのことです。

歩行 直行 直立の姿勢より右足(左足との記述もあり)から踏み出し、一間(約二メートル)を約五歩の歩みで進む。内陣では、一間を七単歩位で徐々に行くこと。幾人かで歩行するときは、前を歩む人との速度と間隔をそろえること。

以上は、寺内書架より、威儀作法テキスト 本山修験宗本庁、総本山聖護院門跡、1996等を参照しました。このような動作に気を付けていると、自然と体調がととのい、心も安定していきます。

これ以外にも、僧侶の威儀として注意すべきことがたくさんあります。浅井證善『初心の修行者の戒律――訳註『教誡律儀』――』高野山出版社、2011からです。(  )内には、頁数と条数を記しておきました。

話すときは、常に柔らかいことばで語るべし。(25-7

人の話がまだ終わっていないのに、ものを言ってはならない。(25-8

人の前では常に気を配り、やかましく笑ってはならない。(26-18

部屋の扉の開け閉めは、外、あるいは内に人がいないかに注意して、音をたてたりせず、ゆっくりとした動作で行う。(Cf. 26-21, 27-33

歩くときは手をぶらぶらと垂れてはならない。(36-7

歩くときは左右をきょろきょろと見てはならない。(36-8

歩くときは地の先、七尺ばかりを長く直視して、虫蟻を踏まないようにせよ。(36-9

きわめて一般常識です。

寺内では、とりとめもないつまらぬ事を言わないこと(28-43

人の前ではかゆいところを掻いてはならない。(28-44

もしあくび(や、くしゃみ)をしたくなったら、手で口を遮るべし。(28-45

廊下を歩く時、その真中を進んではならない。(37-24

歩く時、(左右いずれかの)一辺に沿うべきである。(37-25

廊下、道を歩くとき、声高に語笑してはならない。(37-26

などなどです。これも一般常識の範囲でしょうか。

最後にひとつ。いまは(失念して)出典を明示することできませんが、お釈迦さまが後ろを振り向かれるとき、首を肩と一緒にというか、腰から上半身をまわして、後ろを振り向かれたといいます。とても威厳のある所作です。私などは、声をかけられると、ほいほい軽々しく「はい、なんですか~」などといって、振り返ってしまいます。僧侶も威儀、礼儀作法が基本です。そのうえでの修行です。


僧侶としての行住坐臥の威儀、礼儀作法_f0454718_17563013.jpg



# by mantokuin | 2025-09-11 17:57 | Comments(0)